透析導入後のイライラ
 前回は,激しく錯綜する透析導入前の,腎不全患者の精神心理状態を解説した。そこで今回は,透析導入後の精神心理状態を説明する。透析患者は,透析導入前のみならず,透析導入後も透析治療に対する陰性感情,たとえば「透析を受けたくない……」「透析は嫌いでとても好きになれないけど,これがないと死んでしまうから仕方ない……」などの好ましくない感情が心の中を激しく渦巻いている。
 そういう心理状態にある透析患者は,結果としてぶつけることのできないイライラや怒りの感情を抱えていることも少なくないので,医療スタッフは透析患者に接する際のコミュニケーションに伴う言動に注意しなければならない。
 例えば,「苦しいのはあなただけではないのですよ……」「みんな大変な思いをしているんですよ……」という言葉は,透析患者を励ますような言葉にもとれるかもしれないが,透析患者にしてみれば,とても腹が立つ言葉になることもある。なぜなら,透析患者は心身両面のいずれも苦しい状況に置かれているので,温かみのあるやさしい言葉を望んでいるからである。

維持期にみられる不安は形を変えて顕在化する
 透析治療を受け,数年経過すると,少しずつ心身の安定が得られるようになり,徐々に透析治療を受け入れることができるようになると教科書には記述されている。しかしながら,完全に透析治療の精神的な受容ができるわけではない。いくら透析治療に慣れて,親しみを感じることができるようになったとしても,心の奥底では昔の健康な頃の自分のイメージが残存しているために,表面上は穏やかなように見えても,透析の精神的受容を達成することはなかなかできないものである。
 維持透析の時期に精神症状としてみられるのは,不安である。不安などの内的葛藤を言語化できない患者は少なくないが,不安や葛藤の言語化が苦手な人は,不定愁訴が増えたり,頭痛や頸部痛,腰痛などの原因不明の疼痛などとして内的葛藤を表現したりすることもある。精神症状としての不定愁訴であるときは,言語化できない内的葛藤が身体的な訴えとしてみられている点を理解し,時間があればその訴えをやさしく聞いてあげるのがよい。それだけでも精神的に落ちつくことがある。
 その一方,不安を攻撃性や怒りなどの対人関係上好ましくない感情で表現する人も少なくない。攻撃性や怒りの感情をぶつけられると,大抵の医療スタッフはその種の感情に反応してしまい,患者の訴えに振り回されたり,無意味なレッテル(たとえば,「嫌な患者」)を患者に貼ったりする結果になりかねないので,十分な注意が必要であろう。

仮面うつ病を見落とさない
 抑うつに関して言えば,不安と同じようにしばしばみられる精神症状である。気分が落ち込み意欲が低下すれば,家族や医療スタッフなどの周囲の人たちが抑うつの存在に気付くのはそう難しくない。ところが,うつ状態になっているにもかかわらず,周囲の人たちが見落としやすいうつ状態がある。その多くが,仮面うつ病と呼ばれるうつ状態である。仮面うつ病では,うつ状態の中核的な精神症状とされる気分の落ち込みや意欲の低下などがあまり目立たないが,その代わりに,食欲低下や不眠や不定愁訴(頭痛,めまい,動悸,しびれなど)などの身体症状が前面に出現する。そのために家族や医療スタッフなどの周囲の人たちは,うつ状態に陥っていることに気付かないこともあり,仮面うつ病の早期治療ができずに治療開始までに時間を要する結果になりかねない。うつ状態で重要な点は,仮面うつ病に限らず,食欲低下や不眠や不定愁訴(頭痛,めまい,動悸,しびれなど)などの身体症状の有無を常にチェックすることである。というのは,食欲低下や不眠などの身体症状を伴わないうつ状態はまず存在しないからである。特に食欲低下や不眠はうつ状態の初期症状としてみられる傾向が強いので注意しなければならない。
 治療的には,薬物治療と精神療法の併用が基本である。薬物治療は個々の精神症状に準じて行う。ただし,原則として腎臓で代謝される薬剤の投与は禁忌である。また,透析患者は薬剤の体内蓄積性などに問題があるので,通常用いる薬剤の10〜20%は少な目に用いるほうがよいように思われる。
 最近,糖尿病患者のなかでも自己管理がきわめて不良なために,腎不全に陥り透析を余儀なくされる患者が急増している。彼らは自己管理が不良であるうえに,医療スタッフとの間にトラブルを起こす患者が少なくない。標準的な精神療法では対応できないこともあるので注意を要する。そのときには精神科へのコンサルテーションを勧める。


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