高齢の透析患者,特に糖尿病を基礎疾患とする透析患者の多くは運動機能障害を伴い,血液透析のための定期的な通院は多くの患者に多大な労力を課し,その介助も周囲に大変な努力を強いるものである。当院では一時,血液透析ベッドの慢性的不足に悩まされてCAPDへ誘導したという経緯もあるが,地域の老齢人口比率が高く上記通院困難な患者には訪問看護でのCAPDを斡旋してきた(図1)。
当院の置かれている呉市はかつて軍港として発展してきた地形で,港が深い分,背後に山裾の傾斜地が迫ってきている。長く呉に在住の現在の高齢者がまだ若い頃,すなわち戦前や終戦直後はその傾斜が問題とはならなかったわけだが,自家用車やタクシーが横付けできないような地区も多く,足腰の筋力が衰えると通院もままならなくなり,介助者が車いすを用意することも危険な場合すら見受けられる。このような地形は何も当院の周りだけでなく,広く国内にみられるはずであり,また山村の奥地や離島でも同様の状況ではないだろうか。
さらに最近の家庭環境は核家族化の傾向が強く,老夫婦だけ,あるいは独居老人の世帯が全世帯数に占める割合が増加してきている。また,このような状況に置かれている患者の多くは内シャントも発達不十分,または使用困難なことが多い。そうなると高齢者の腎不全治療としてCAPDが候補として挙がってくるわけである。今後さらに急速に高齢化を迎える日本では,都会といえどもこのような問題は近い将来,より切実な問題になってくるのではないだろうか。
視点を変えて訪問看護システムを考えてみると,現在はその存在が公に認められ医療の正式なシステムとなっているが,当院では1983年,わが国におけるCAPDの黎明期にすでにその試みがなされていた。
当初CAPD患者の在宅における手技などの観察のために訪問が必要という意識から,看護師のボランティア活動の一環として細々とではあるが活動がなされていた。
1989年には正式に訪問看護システムが発足。腎不全に限らず多くのターミナルケアを中心に,その活動範囲を広げてきている。高齢,また運動機能の障害をともなったCAPD患者の在宅での介護は,その家族をはじめ関係者に多くの不安を与えることも多く,その解消と適切な指導のためには家庭訪問が欠かせない。そのため当院では通院中のCAPD患者宅への訪問をボランティアで行っていた時期もあった。
このような訪問看護システムを高齢の通院困難な腎不全患者のCAPD療法に利用してCAPDのメリットを最大限に活かすことが可能である。
一例を挙げる。患者は93歳男性で,脚力と心機能が衰えていたが,食欲・意欲ともに旺盛であったのでCAPDを勧めた。訪問看護をうけながら在宅でのCAPDで93歳から97歳まで頑張り,臨終も自宅で迎えた。また,家族の介護などもあってか比較的最後まで頭脳明晰だった。別の糖尿病を基礎疾患とする患者では,ある朝食事をとられて,しばらくあとに静かに臨終を迎え,「最期まで家族が面倒をみることができた」と,家族に満足をしてもらえた例もあった。
しかし,このような好ましい例ばかりではなく,在宅でのCAPD療法は家族や周囲の関係者に相当な不安や負担を強いるのも事実である。介護保険制度が実施され,この面では多少,家族の経済的,また時間的負担が軽減されてきていることは,評価すべきであろう。ただしこれで全面的に家族が解放されるわけではなく,経済的にもとうてい満足とはいかないのが現状であろう。
また,医療と介護の境界はどこに置くのか,少々わかりにくい面がある。要介護認定を受けていない患者を対象とした場合は,訪問看護に関する費用はすべて医療保険から支払われるが,要介護認定を受けている患者では,看護師の行為に対する居宅療養指導料は介護保険から支払われることになっている。患者サイドから,また医療者サイドからみた訪問看護でのCAPDのメリット・デメリットを表にしたが,家族の負担とともに管理する医師にも目にみえないかなりの精神的負担がかかることも事実である。
介護保険制度を血液透析の通院に利用する方がわかりやすいという面もあり,当院では最近,訪問看護でのCAPDは少し休んでいるのが現状である。しかし,循環動態に不安のある患者などには,今後とも訪問看護の下で介護保険も活用しながらCAPD療法を行うことも選択肢に挙げておきたいと思う。

急性期型病院を目指す施設であれば,CAPDは在院日数の減少に寄与できるとともに,医療費そのものの節減にも貢献できるものである。図 2 に病院から訪問看護に出向いた場合の主な請求可能点数を示しておくが,開業の先生方が行う場合はさらに高点数であるので,地域の開業の先生方にも積極的にかかわってもらえれば,よりよい状況が実現できるのではないかと考えている。