RECOMMENDATIONS ON THE MANAGEMENT OF ENCAPSULATING PERITONEAL SCLEROSIS IN JAPAN, 2005: DIAGNOSIS, PREDICTIVE MARKERS, TREATMENT, AND PREVENTIVE MEASURES.

Peritoneal Dialysis International 2005; 25(S4): S83〜S95を,出版社の許可を得て翻訳したものである。
(翻訳責任者:川口 良人)

 Encapsulating Peritoneal Sclerosis,被嚢性腹膜硬化症(EPS)にかんする今日の解釈について述べるが,この内容は,最近発表された論文と本文の著者たちの経験から構成されたものである。診断,危険因子,予測マーカー,治療,予防について言及するとともに,腹膜透析から他の治療に変更することが望ましいとする基準について提言するものである。
   


はじめに

 末期腎不全患者に対する治療の中で腹膜透析(PD)には多くの利点があるが,本治療に特異な合併症が存在することが長期の治療法として受け入れることに1つの限界を提起していることも事実である。
 当初,問題であった合併症の中で細菌性腹膜炎の頻度は劇的に減少しているが,依然としてPD離脱の要因の1つである(1)。今日における日本の腹膜炎の発症率は4〜5年に1回である(2)
 第2の重大な合併症は被嚢性腹膜硬化症(Encapsulating Peritoneal Sclerosis:EPS)であり,日本におけるPD普及の障害要因となっている。PD患者のわずかであっても3.8%に本症が発生しているという事実は,これを問題視する具体的な根拠でもある(3)
 EPSはPD患者の重篤な合併症として認識されており,透析期間の延長とともにその頻度が増すということも知られている。日本においては腎移植を受ける機会が少なく,生涯にわたり透析に依存しなければならない状況にあることが特に本病態に対して焦点が置かれる理由の1つである。日本で実施された過去の多施設調査では,EPSの発症頻度は0.8〜2.8%である(4〜7)
 日本以外の国から報告されている本症の発生頻度は様々である。RigbyとHawleyはオーストラリアにおいて7,374例のPD患者中54例(0.7%)にEPSが発症したと報告している(8)。1985年,Oulesらは19のヨーロッパの国を調査し,スペインでの1,000人あたり0.3に始まり,ベルギーでの1,000人あたり3.1にいたるまで発症頻度にばらつきがあったことを示している(9)。以前の諸外国の報告では,当時の高い腹膜炎発症率と酢酸透析液の使用を反映してEPSは5〜7%の患者に起こるとされていた(10,11)。本号〔Perit Dial Int. 2005; 25(S4)〕に収載されているKawanishi,Moriishiの論文では,最新の発症率は2.5%であったと報告されている。
 EPSの発症原因は様々である。例えばフランスにおける18の外科施設からの報告では過去16年間に発症したEPSのうちPD患者に起こったものはわずかに9.4%であった。この事実は,EPSは透析に関連しない原因によることのほうが一般的であることを示している(12)。さらに,EPSの危険因子を有している患者がすべてEPSに進展するわけではない。実際にいまだ明らかではない発症因子が,ある患者群に存在している可能性がある。
 EPSは部分的なまたは瀰漫性の腸管の閉塞が存在し,腹膜の硬化性肥厚を伴うことで特徴付けられている。臨床徴候は多彩であるが,しばしば腹痛,悪心,嘔吐,やせ,微熱,血性排液,限外濾過不全(ultrafiltration failure:UFF),腹水,エリスロポエチン(EPO)による造血作用の低下などが認められる(13)。今日まで,日本におけるEPSの診断は日本EPS検討会議(14)と国際腹膜透析学会(ISPD)の特別委員会(13)が提唱する勧告に基づいた診断基準が用いられてきた。基本的な診断基準は以下のごとくである。
・閉塞性イレウスの臨床徴候を有する。様々な全身性の炎症反応,例えばCRPの上昇などが存在する場合もある。
・腹膜の肥厚と腸管の被N化,腸管閉塞,繭玉形成,画像診断により確認される石灰化などが存在する。 
 いずれにしても診断根拠は臨床徴候と画像診断に集約されている。
 EPSの治療は,現在のところ,中心静脈栄養(TPN),免疫抑制,外科的処置,またはそれらの組み合わせによりなされている。しかしながら死亡率は今日においても30%を超える重篤な病態であるとされている(4,5,8)
 本論文は最近発表された知見と著者らの蓄積された経験に基づいて書かれたものであり,すなわちレビューとオピニオンに基づくものであるが,今日における基本的な対策を示すことができていると考えられる。診断,危険因子,予測マーカー,治療,予防などが示され,特にPDから他の治療に変更することが望ましいとする基準についても述べられている。


診 断
臨床徴候と症状

 EPSの臨床像は基本的には腸管機能の障害の原因となる腸管の被嚢化に関連するものである。それ故に,EPSの症状はほとんどが腸管閉塞性イレウスに起因するものである。悪心,嘔吐,腹痛,おなかの張った感じはしばしば認められるものである。進行した段階にいたると,食思不振,体重減少も時に認められる〔ステージ分類は本誌内,中元の記載による。注1: Nakamoto H. Perit Dial Int. 2005; 25(S4): S30-S38〕。これらの症状は通常,異常な腸管蠕動音(減衰したり,メタリック音であったり,過剰蠕動音であったりする)や蠕動音の消失,腹部,骨盤腔の腫瘤として触知される。


 当然のことながら,上に述べた徴候や症状は,EPS以外の状況でも起こりうるものである。しかしながら,あえて鑑別点を挙げるならば,EPSの場合は急速に発症するよりは緩徐にゆっくりと進展し,臨床像を形成する性格があるといえる(13)
 進行した末期にいたると,貧血,低アルブミン血症,CRPの上昇などが一般的に認められるようになる(15)が,それらの診断価値は必ずしも高いとはいえない。なぜならば,これらの異常は他の病態においても認められるものであるからである。
 EPSのその他の特徴の1つに反復性または難治性の腹膜炎の存在を挙げることができる。実際に細菌培養が陽性にならない,理由のよく判明しない腹膜炎(時には細菌性と判断できる場合もある)としてEPSがはじめて認識される場合もある。しかし,EPSは先行する腹膜炎がなくとも進展する場合があることも認識していなければならない。このことは,血性排液が必ずしもEPSの前兆ではないのと同様な意味である。
 進行性に限外濾過能(ultrafiltration capacity:UFC)が低下してゆくこと,時には喪失(UFF)ともいえる状態は,EPSの進展の経過でしばしば認められることである(10,16)。しかしながらUFCの低下,UFFはEPSの原因以外でも起こりうる。それ故にUFCの低下,UFFはEPSの同意語と捉えてはならない。
 EPSの臨床徴候は実際に同じ患者であっても一定ではなく,まして患者間でも大きく変化するものである。かなり進行した症例でも無症状のこともある。それ故に,長期PD患者,腹膜炎を経験した患者においては臨床症状の詳細な把握がきわめて重要な意味を持つのである。EPSの診断に臨床所見が重要であることは疑いようのない事実である。
 2000年のISPDのガイドライン(13)において述べられているごとく,EPSの臨床像は無症状のものから劇症の腸管イレウスまできわめて幅の広いものである。したがって臨床所見のみがEPSの診断に重要であるということを強調しすぎることも誤解を招きかねないのである。疑いのあるケースにおいては確定診断や除外診断を行うために様々な手法が用いられる。EPSを疑わせる臨床徴候と症状をみいだす最大の価値は,初期の段階においてEPSの疑いを持つということである。
 EPSの診断はすでに確立された基準(13,14)に適合する患者においてのみ下されるべきである。腹膜線維化(肥厚)または硬化を示す患者であっても,被嚢化現象が起こっていなければ診断基準には適合しないので,EPSに陥っていると判定してはならないのである。
 理論的には,正常な腹膜状態から“前期EPS状態”を経てEPSにいたるのである。しかしながら,“前期EPS状態”は,しばしばEPSという言葉と同義的に用いられることがある。この点では“前期EPS状態”という言葉がしっかりと定義付けられ,認容されていないという実情があることを強調しておきたい。さらに,“前期EPS状態”の頻度も明らかではない。すなわち,“前期EPS状態”にあったすべての患者が完成されたEPSに進行するのか,または“前期EPS状態”を積極的に治療すべきであるのか,もしそうならば,どのようにして対処するのかなど,不明確な点の多い領域である。さらに付け加えれば,“前期EPS状態”に対して提案されているいくつかの治療法が果たして有効であるのか否かも明らかではない。

診断のための検索
 腹膜生検は確定診断のためには考慮されるべきであるが,この手技は侵襲的であり,患者にある程度の負担をかけることになる。したがって画像診断はEPSの早期診断には重要な手段である。しかし,腹部単純X線所見や腸管造影所見(17,18)により腸管の拡張,ニボー形成,石灰化,蠕動異常,時に繭玉形成が認められても,一般的にいって必ずしも決定的診断根拠とはならない(18)。超音波検査(17,19,20),CT検査(21〜23)がX線検査に代わって推奨されている。その理由として,これらの画像は隔壁化された腹水貯留,癒着した腸管ループ,腸管の狭窄,腹膜の石灰化,肥厚などを確認できる利点が挙げられる。近年,腹腔鏡による診断が増加しつつある。その理由は特徴ある腹膜の肥厚した肉眼所見(小腸全体,または一部が線維性の被膜に覆われた所見),臓側腹膜の表面に新生血管が増加していることから確定診断を得ることができるからである。
 腹膜生検登録データから,EPSや腹膜機能喪失患者では過度に肥厚した腹膜を呈していることが明らかにされている(24)。超音波検査でも肥厚した腹膜を間接的に確認できる(25)ものの,肥厚した腹膜所見のみからEPSの確定診断を得ることができるほどの信頼性はない。同様に,排液中の中皮細胞の面積(26)についてもEPSの診断,予測マーカーとしての信頼性についてはさらなる検討が必要である。
 EPSの進展に先行して,溶質の腹膜移送能が亢進するという成績がしばしば報告されている(27)。しかし,腹膜移送能の亢進はEPSに発展しない症例においても認められるので確実な診断根拠とはならない。このような臨床診断はEPS進展の可能性があるという1つの指標に過ぎないと考えるべきであり,EPSの診断根拠として捉えることはできない。
 総括すると,臨床におけるEPSの診断は腸管の被嚢化による臨床症状と腹腔についての超音波検査,CT検査との組み合わせによりなされるべきであるといえる。


危険因子と予測マーカー

 PD期間の延長は,最も重要なEPSの発症の危険因子であるといえる。Rigby,Hawleyによりなされた検討によると,PD期間の延長とともに全体的なEPSの発症頻度は漸増し,2年以内では1.9%,5年以内では6.4%,6年以内では10.8%,8年以内では19.4%であったとしている(8)。Kawanishi,Kawaguchiは,EPSの発症頻度は全体としては2.5%であったものの,60ヵ月以上PDを継続した場合は8.0%に上昇すると報告している(28)。さらに最近のKawanishi,Moriishiによる本supplementに収載されている報告によると,日本における全体的な発症率は2.5%であったが,3年以内のPD継続では 0%,5年では0.7%,8年では2.7%,10年では5.9%,15年では5.8%,15年以上では17.2%となり,PD期間との関連は明らかであった(図1)。

 PD期間が長期化するにつれEPS発症の危険度が増すという関係についての原因は,現在のところ明らかではない。しかし,最も頻繁に提唱されている仮説として,非生理的な糖濃度を有する透析液に腹膜が長期間曝露されたことが基本的な原因(たとえ透析液のその他の非生理的条件が発症に寄与しているとしても)ではないかと考えられている。EPS発症のリスクを増加させている第2の原因として挙げられているものに腹膜炎がある。特にその病態が重篤であったり,反復性であったり,難治性の腹膜炎である場合には,その寄与率は高まる(13)。非生理的透析液と感染により生じる腹膜の炎症の相乗効果はきわめて重要であると考えられている〔two-hit仮説:本supplementに収録されているHonda,Odaの論文を参照。注2:Honda K, Oda H. Perit Dial Int 2005; 25(S4): S19-S29〕。しかしながら,複数回の腹膜炎を経験していながら多くの長期CAPD患者はEPSに陥らない。同様に,腹膜炎を一度も経験していない患者でEPSに陥る例も少なくはない。この事項にかんしては,本supplementのKawanishiらの論文に詳しく述べられている。つまり,EPSの治療を行った50例の患者のうち34例が過去に腹膜炎を経験していたという事実である(訳者注:原文では腹膜炎罹患患者は37例と記載されているが,Kawanishiらの論文に基づき,34例に訂正した)。これまでに述べてきたすべての事柄は,EPSの原因が複雑に入り組んでおり,現状で理解するには限界があることを示している(図2)。


  興味あるもう1つの知見はKawanishiらにより本supplementに述べられているごとく,94%(47/50)のEPS症例はPDを停止した後に発症していることで,PDを施行している期間での発症はきわめて少ないということである(訳者注:原文ではPD中止後のEPS発症は37/40,93%と記載されているが,Kawanishiらの論文に基づき47/50,94%に訂正した)。このような事実はPDの中止そのものか,または広く日本で行われているPD中止後の腹腔洗浄がEPS発症に関連しているのかという問題を提起している。
 腹腔洗浄はサイトカインの除去,癒着防止という観点から論理的であるが,その治療効果という点では明らかな結論には達していない。現在のところ腹腔洗浄については小規模(n<14)な予後調査の結果のみであり,しかも対照を置いた検討ではない(29,30)
 PD患者,非PD患者に対し腹腔洗浄に用いられた様々な消毒薬がEPSまたはEPS類似の病態を呈したことは興味のあることである(31〜34)。PD中止後生理食塩液による腹腔洗浄は動物実験において明らかな細胞毒性を示したという報告がある。生理食塩液は3.86%ブドウ糖含有腹膜透析液よりも高度な形態的変化を起こすという報告もある(35)
 さらに,in vivo の研究において,PDカテーテルは通常biofilmにより覆われ,その内部に細菌が生存していることが知られており,この現象は過去に感染の既往のない例においても認められることである(36)。したがって,PD中止後,洗浄のためにカテーテルを留置しておくことは腹腔内に持続的に炎症状態を惹起しているという可能性があり,さらなる検討を要する点であろう。
 PDに関連する,またはPDに直接関連しない,様々な要因や病態(例えば,β遮断薬,可塑剤,クロルヘキシジン,酢酸,自己免疫疾患,腹腔内悪性腫瘍など)がEPSの発症に関与している(13)。今日では,上に述べたいくつかの要因は実際に使用されることがないためにすでにEPSの発症機転から除外されているが,それらについては本supplementの中で詳細に述べられているので参照されたい。
 長期PDにより高濃度のブドウ糖およびブドウ糖分解産物(glucose degradation products:GDPs)に慢性的に曝露されることは腹膜の構造変化と線維化を起こし,腹膜透過性の亢進状態を惹起している(37)。その結果,腹膜透過性亢進はEPS発症の予測因子であると捉えられている。ある患者群,特にEPSに進展したほとんどの患者において,CAPD中止時での腹膜平衡試験(PET)により得られた透析液と血清のクレアチニンの比(D/PCr)はEPSを発症しなかった患者群に比較して高値であり,さらにEPS発症群の透過性亢進状態は,PD期間のより早い段階で起こっていることが明らかにされた(27,38)。この見解は,D/PCrの亢進はEPS発症の独立した,しかも早期の予測因子としてみなすことができるということを示している。しかしながら,多くの患者はPD期間とともに透過性亢進状態にいたるがEPSに陥らないということも承知していなければならない。
 同様に,先に述べたごとく,腹膜透過性亢進によりもたらされるUFCの低下(UFF)はEPS発症の1つの予測因子として考えられている(16,39,40)。しかし,UFFを信頼できる予測マーカーとするには限界がある。EPSの発症を時間経過で考えるとUFFは時にはきわめて晩期に認められる現象であり,また,UFCの低下は長期のPD患者においては通常認められる現象である。例えば,ある報告では6年以上にわたりPDを継続した患者においては31%にUFCの低下が認められるという報告がある(41)。マーカーとして捉えるよりもむしろ,UFCの低下を認めた患者についてはEPSに進展する可能性のある徴候や症状について細かに観察を続けてゆくべきであろう。
 中皮細胞面積の増大はEPSの予測因子であるという報告がある(26)。この成績は興味深いものであるが,臨床の現場において有力な予測因子として用いるにはさらなる多数例の蓄積と前向き検討が必要であろう。
 PD排液中の様々な物質について示唆に富む成績が発表されている。例えば成長因子,サイトカイン,細胞表面蛋白,細胞内シグナル伝達分子などは,腹膜の機能的または構造的変化を示す指標として捉えられている。したがって,これらの物質の排液中での濃度変化がEPSの予測因子となるであろうと考えられている。それらの中でCA125(42),ヒアルロン酸(43),TGF-β(44),VEGF(44〜46),IL-6 および可溶性IL-6受容体(47),TNF-α(48),AGEs(49,50)を挙げることができる。しかしながら,これら指標として可能性のあるマーカーとEPSの明確な関連は明らかにされていない。
 日本におけるEPSの発症頻度は,他の国々よりもはるかに高く,“PDの期間が長い”ということの表れとして捉えることができるが,人種間における遺伝学的要因についての論議もなされている。この遺伝学的要因は長期のPD患者の一部においてEPSが発症するという現象の説明になるかもしれない。
 Numataらは日本人のPD患者のVEGF,eNOS,RAGEの遺伝子について検討する予備的研究を行っている。その結果,EPSを発症した患者としなかった患者においてRAGE-429T/C SNPの検出頻度に差のあることをみいだしている(51)
 腹膜の機能的または構造的変化を来すと想定されている各種の物質の遺伝子の相違がEPS発症の予測因子となる可能性がある。実際,Wongらは中国のPD患者においてeNOSの遺伝子多型と,PDを開始する以前のクレアチニンのMTACとD/PCrで示される腹膜透過性との間に,関連性をみいだしている(52)
 過去10年間にわたるEPSの病因究明のための研究にもかかわらず,EPSの発症を予測する,信頼するに足るマーカーはみいだされてはいないといえる。これらの究明のために,近年,日本において多施設,前向きの観察研究が始められている。この研究の目的はEPSの予測因子を同定し,その予測精度を評価するものである。この研究規模は400例以上であり,少なくとも4年以上PDを継続している症例において行われるものである。この研究は腹膜機能の変化を測定し,各種の排液中の物質,血中のマーカーを継続的に追跡し,EPSを含めた患者の予後と対比させるものである。



EPSの診断と危険因子のモニタリングについての新たな勧告のまとめ

 表1に各種の診断アプローチと危険因子にかんする評価について著者らの意見を示す。表にあるごとく,画像診断は最も重要な診断手技であり,PD期間が最も重要な危険因子であるとみなされている。



治 療

 言わずもがなのことではあるが,EPSと診断されたならば可及的速やかに治療を開始すべきである。しかしながら“前期EPS状態”での治療開始の効果について言及した検討は限られたものしかない。問題は“前期EPS状態”を疑わせる徴候―限外濾過量(UF)の低下,PETにおけるhigh averageないしhigh transportへの変化などが認められても,それらはEPSに特有のものではない。したがって,“前期EPS状態”での治療の必要性は明らかではない。
 EPSの治療としていくつかのアプローチが選択されてきた。しかしながら,今日,エビデンスに基づいた治療戦略は存在しない。保存療法(13)としては副腎皮質ステロイド(CS),その他の免疫抑制薬,同時にTPNを適用する場合も,そうでない場合もある。そしてPDの中止後,血液透析(HD)を導入する。もし上に述べた治療が有効ではない場合で,イレウス症状が持続するならば,外科的処置を強く勧める意見もある(腸管ループを被覆している偽膜を剥離するなり,腸管全体の癒着剥離を行う―本supplementに述べられているKawanishiらの論文を参照のこと)。
 日本から発表されているある調査によると,CSは83.2%,TPNは79.2%,外科的処置は30.7%に実施されている(6)。薬剤による治療にかんしては,文献に見られるほとんどの報告において,少なくとも初期の段階においてはCSの使用が,免疫抑制薬として強調されている。メチルプレドニゾロンによるパルスまたは少量プレドニゾロンによる治療が行われている(29,59,62〜64)。文献的には,本supplementに収録されているKawanishiらの外科的治療にかんする論文も含めて,禁忌の条件が存在しない限り,免疫抑制は炎症を抑制し,結果として被N化によるイレウス状態を回避するための論理的なアプローチであるといえよう。そしてパルスを選択するか,持続投与を行うかは炎症の程度による。CS以外の免疫抑制薬(例えば,サイクロスポリン,アザチオプリン)の使用も報告されているが,EPSについて有用であるという結論を導き出すにはデータ不足である。
 タモキシフェンが線維化を起こす様々な疾患に有効であるという事実に基づいて,最近では本剤が前期EPS,EPSの患者に対し試みられている。試験的使用の成績は有用性があるように見える(54,65〜67)。しかしながら,本剤をPD患者に使用した報告のすべては少人数の成績であり,しかも,本剤と一緒にCSが使用されている例が多いといった比較すべき対照を置いていない成績であることを考慮すべきである。したがって,タモキシフェンそれ自体の治療薬としての有用性は不明確であるといわざるをえない。
 外科的治療の成績は最近まではきわめて好ましいものではなく,死亡率は40%以上であった(28,53)。80%の患者は腸切除と吻合が実施されていた(28)。しかし本supplementに掲載されているごとく,Kawanishiらは外科手術後の素晴らしく良好な転帰を報告している。彼らの一連の報告では,死亡率はわずかに4%(50例中2例)であった。注目すべき点は,このような良好な成績が,EPSの外科的処置において経験の十分な1施設にて達成されたということである。具体的な手術手技は被嚢を離断し,腸管の癒着を注意深く剥離し,イレウス状態の解除を行うことがポイントであった。
 近年,遺伝子治療戦略も考えられつつある。それらは腹膜に遺伝子操作を加え中皮細胞を再生するというものである。このアプローチはPDの予後改善に寄与する可能性が期待されている。動物実験では,腹膜を対象として体外,体内において遺伝子移入を行い,様々な治療に有効な物質,すなわち抗炎症,抗線維化,血管新生抑制分子を発現させるものである(68)。Margettsらは,ネズミを用い,angiostatin(血管新生抑制物質)とデコリン(TGF-β抑制性プロテオグリカン)を,ウイルスをベクターとして中皮細胞に移入することでUFCを促進し,さらに線維化の程度を減少させることに成功した(69)。すなわち,少なくとも理論的には,将来において遺伝子治療はEPS治療の1つの選択肢となりうるであろう。



予 防

 近年のめざましいEPSに対する外科治療の発展にもかかわらず,EPSの予防を目標とした努力を行うことは依然としてこの症候群の管理の最も重要なポイントである。この挑戦は端的にいえば適切な予防法を決定することである。なぜならば,EPSの原因,発症機序については依然として不明確な点が少なくないからである。
 原因とみなされるデータが不足しているにもかかわらず,適切な予防手段を目指した論理的アプローチは既知の危険因子を強調するというかたちで慎重に考慮されるべきものである。腹膜炎の機会を可能な限り抑制すること,一旦発症してしまったならば,可及的適切に対処することがいくつかのEPS予防手段とされているものの中で最も重要なものである。さらにPD期間の延長とともにブドウ糖およびGDPsへの曝露が増えるため,PD期間はEPS発症の危険因子とみなされている。故に,処方されている透析液に含まれるブドウ糖濃度を減らすこと(この場合,体内水分量の適正化を崩さないという条件付きであるが)は理論的に適切な第2の予防手段であるといえよう。
 適正に企画された臨床研究が行われていないので明らかに有効な予防法の組み合わせが存在しない現段階においては,長期PD患者をこの治療から離脱させることもEPS予防のための1つの選択肢である。適切な離脱のタイミングについては確立されてはいないものの,PD中止という判断を行う場合のいくつかの留意点について順次述べたい。

  • 第1の状況:PD期間と従来の腹膜透析液使用に伴うリスクとの間に存在する明らかな関連は考慮されるべき点である。従来の透析液を用いて8年以上PDを継続するとEPSの発症頻度は2.1%となるという最新の報告(60)は,PDが有効に機能し,定期的に行われているPETで安定したD/P Crを維持していること,EPSの徴候が全く認められないことなどの条件が満たされているならば8年以内の中止は必ずしも必要ではないことを示唆している。
  • 第2の状況:いかなる患者においてもPDからの離脱を考慮する場合には,個々の症例の評価により決定すべきである。ある患者においては,HDへの移行について,社会的にも医学的にもほとんど問題がない場合があるが,一方,ある患者においては,QOLの立場(就業,HD施設までの距離など),医学的な見地(良好なアクセス作成困難,心血管系の障害など)などから,ある程度のEPS発症の危険性が増したとしても,PDを延長することも正当性があろう。
  • 第3の状況:非常に長期にPDを継続している患者であっても,良好な腹膜機能を維持し,EPSに陥らない例もある。10年以上も順調にPDを継続している例も報告されている(70)。それ故に,ある患者ではEPSに進展しない(何をもってこのような“EPS抵抗性”を予測し特徴付けられるかは明らかではないが)という事実もPDから離脱する適切なタイミングを決めるうえで考慮しなければならない。
  • 第4の状況:ほとんどのEPS症例はPD中止後に進展するという現実も深く考える必要がある。EPSの発症はPD中止そのものによるものではなく,このような患者がもしPDを継続していてもEPSに陥るかもしれない。もちろんPDを中止することそれ自体がEPS発症の何らかのきっかけであると推測することもできる。例えば炎症性サイトカインの持続的な除去を中断してしまうことである。
     EPSのほとんどがいわゆる“中止後”の発症であるという日本からの報告に接すると,問題はますます複雑になってくる。多くの施設では,PD中止後カテーテルを体内に残し,腹腔洗浄を実践している。腹腔洗浄を生理食塩水を用いて行った場合,先に述べたごとく生理食塩液そのものがある程度の細胞毒性があるという報告がある(35)ことから,PD中止後にEPSを発症するということはありえないことではない。カテーテルを完全に抜去せずに腹腔洗浄を実施するという指針は,腹腔洗浄の明確な有用性を支持する成績が存在しない現在,さらに腹腔洗浄がEPSの発症リスクを促進しているという報告も無視せず慎重に考えるべきである。
  • 第5の状況:本supplementにKawanishiらにより報告されているごとく,4%の死亡率が腸管癒着剥離を中心とする外科的処置により達成されたという最新の予後にかんする報告を見ると,EPSはもはや悲惨な転帰となる合併症であるとは断定できない。
  • 第6の状況:反復する腹膜炎はEPSの発症と密接な関連があるとするNomotoらの報告(4)では,EPSを発症したグループの腹膜炎発症頻度はEPSに進展しなかったグループのそれよりも3.3倍も高かったとしている。EPSは先行する腹膜炎がなくても発症することはあるものの,PDの中止を決めるうえで腹膜炎の罹患歴を考慮することは適切といえよう。
  • 第7の状況:過去10年間においてより生体適合性の高い腹膜透析液が開発されてきた。例えばイコデキストリン透析液,アミノ酸透析液,重炭酸透析液,重炭酸・乳酸混合透析液,そして中性化透析液である。
 イコデキストリンは澱粉から生成されるブドウ糖のポリマーであり,従来の透析液中のブドウ糖に代えて用いる浸透圧物質である。イコデキストリン透析液を用い長時間停留を行うと,従来のブドウ糖透析液に比較してより高い限外濾過量を得ることができる(71,72)。生体適合性にかんしては,等張性であること,GDPsが少ないこと(73),生体内ではAGEsの生成が少ないこと(74,75),中皮細胞の増生が良好であること(76)などが腹膜機能温存の可能性から利点として挙げることができよう。実際に,最近行われた前向き多施設臨床研究では,APD患者において,1日に使用するブドウ糖含有透析液の1バッグをイコデキストリン透析液に変更することにより,UFC,D/PCrの点で,腹膜機能を温存できたと報告されている(77)
 イコデキストリン使用患者におけるEPSの唯一の症例報告は英国からのものである。Jenkinsらはイコデキストリン使用患者における5例のEPSを報告している(55)。しかしながら,イコデキストリンはそれらの患者において,限外濾過が不適切に低下した時点で使用開始され,イコデキストリンの使用開始がすでに腹膜機能低下を予防できる時期を失した時点であったとも考えられるし,また,イコデキストリン使用前の頻回の腹膜炎の関与もEPS発症に関連していることも否定できない。
 重炭酸・乳酸混合中性腹膜透析液はpHが中性である故に,腹膜の細胞の生命維持や機能の維持(in vitroの結果であるが)という点で従来の透析液に比較して優れており,腹膜環境の安定に貢献できるであろう(78)。動物実験の成績からも中性化透析液は腹膜保護に有用であるとの結果が示されている(61)。さらに,生体における検討において,従来の透析液により惹起された組織学的,免疫学的,また機能的変化に対して改善傾向を示したという報告がある(79)
 多施設ランダム化試験により,重炭酸・乳酸混合中性腹膜透析液使用6ヵ月でCA125(中皮細胞の量を推測する指標である可能性がある)濃度が増加し,ヒアルロン酸(炎症のマーカー)濃度の低下が明らかにされた(80)。これらの結果は,このタイプの透析液は腹膜の温存に有用性があることを示唆しているといえよう。
 こうした新しい透析液がEPSの発症を減少させたという成績は発表されていないが,将来,より生体適合性の高い透析液が使用されるようになった時点でEPS発症の危険を減少させうるという成果が期待できないわけではない。EPS発症リスクを減らすことが理論上のものであるとしても,先に言及したごとく,PD期間の延長はEPS発症の危険因子であるため,PDを続けていくためにはこうした透析液を使用することを考慮すべきであろう。イコデキストリン透析液の使用によりPD期間を延長しうることが示されたが(81),この延長によりEPSの発症率が増加するか否かについてはさらなる追跡調査が必要であろう。


治療と予防処置のまとめ

 表2に示したごとく,EPS治療の鍵はCSの使用と外科的処置である。


 今日,EPS予防戦略に関しては巧妙にデザインされた臨床研究がないため,強く推奨できるものはない。生体適合性に優れたPD液の開発により有力な予防効果が期待されているものの,将来,明確な試験結果が得られるまで,図3に示されている臨床所見に基づいてPDの継続を決定すべきであることが推奨される。8年を超えたPD患者については一定の条件下においてのみ治療を継続できる(図3)。特に,D/PCrが安定していること, 高透過性状態に進展しないこと,高浸透圧透析液を使用する必要性がないこと,食欲があり,安定した体重であり,体内水分過剰状態が認められないこと,CRP値は安定していること,腹膜炎の再発がないことなど具体的な臨床所見と患者の状態が“sense of well-being”にあることが継続可能条件として挙げることができよう。もし,患者が透過性亢進状態に陥っていたならば,より早期の離脱を考慮すべきである。


 最近の検討によると,PD開始5年以内のEPS発症率は0.7%(本supplementにおけるKawanishi,Moriishiの記述)であり,6年以上経過した患者が高透過性状態に陥っていると,後にEPSを発症するという,その他の報告もある(27,38)ことから考えて,従来の透析液を使用するならば少なくとも5〜6年でPDから離脱することがEPS発症予防という点からは安全であろう。



結 語

 EPSはPDの中で最も重篤な合併症であり,5年以上の継続患者においてその発症頻度は増加する。早期に決定的な診断を下すこと(早期治療に結びつく)を強力に支持する成績はないが,EPSであることを可及的早期に見つけ出すことが最も肝要である。早期診断のためにはEPSを示唆する所見―特に亜急性のイレウス症状―はただちに検査を行い,EPSの確定または除外診断を下すべきである。特に,EPSの危険が高まっている症例―すなわち,長期例,1回以上の重症の腹膜炎を経験している症例,遷延している,もしくは再発性の腹膜炎症例など―においてはしかりである。このような症例においては消化管症状にかんする積極的な問診がきわめて重要である。EPSは緩徐に進行するのが典型例であり,患者は曖昧な,しばしば間歇的に認められる腹部症状に気付かないことが多いからである。
 EPSの診断には超音波検査,CT検査が適切であることは確立されているが,EPSの治療の鍵は高度な技量を備えた経験豊かな外科医による腸管癒着剥離である。
 EPSの発症頻度は減少傾向にあるが,今日において最も望まれる対策は予防に尽きよう。EPSの診断に信頼するに足るマーカーが明らかにされるまでは,さらに新しい生体適合性の優れた透析液のEPS予防効果が明らかにされるまでは,長期PD症例について特に注意を払うことが必要である。8年以上のPDを継続した症例においては,PDからの離脱を考慮すべきである(図3)。高透過性状態に達してしまった患者においては,PD継続期間が短くても早期の離脱を考慮すべきである(図2)。さらに,PD離脱後の腹腔洗浄については,その効果が明らかにされるまで,推奨されるべき治療法とはいえない。
 将来の研究は,(1)臨床上使用可能なEPS発症の危険因子,予測マーカーを明らかにすること,(2)新しい透析液の予防効果を明らかにすること,(3)EPSの保存的治療として免疫抑制薬の使用ガイドラインをつくること,などに焦点を置くべきであろう。



謝辞

 丸山之雄医師,星かおりさんに,本論文の準備にご助力いただいたことを感謝いたします。





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(翻訳監修責任者 : 東京慈恵会医科大学/神奈川県立汐見台病院 川口良人)



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